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福岡地方裁判所柳川支部 昭和43年(ワ)111号 判決

原告

島添篤子

ほか三名

被告

加藤光義

ほか一名

主文

被告らは各自原告島添篤子に対し金八九八、二〇〇円、原告島添茂樹、同智子、同元子に対し各金五〇四、二四二円およびこれら金員に対する昭和四二年一二月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを六分し、その五を原告らの負担、その余を被告らの負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

被告らが名自原告島添篤子に対しては金三〇万円、その余の原告らに対しては各金二〇万円の担保を供するときはそれぞれ前項の仮執行を免かれることができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

「被告らは各自原告島添篤子に対し金五、一一四、五四六円、その余の原告に対し各金三、三五四、四六六円および右各金員に対する昭和四二年一二月二三日から支払ずみまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決および仮執行の宣言。

二、被告ら

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決。敗訴の場合は担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二、請求原因

一、事故の発生

被告加藤光義は、昭和四二年一二月二二日午後八時五分頃普通貨物自動車(福岡一す一四七九、以下本件自動車という)を運転して山門郡瀬高町から柳川市に通ずる県道を西進し瀬高町大字上庄出口町附近で先行車を追い越しかかつた際対向してきた訴外島添重則(以下重則という)運転の自動車と正面衝突し同人を自転車もろとも路上に転倒させ、よつて同人を同日午後一〇時二五分山門郡三橋町高畑の重藤診療所において頭蓋内出血により死亡するに至らしめた。

二、被告加藤充義の責任

被告加藤光義は、先行車を追い越すに際しては反対方向からの交通に十分注意して進行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、右安全確認不十分のまま時速約四〇粁に加速して漫然追越にかかつた過失により本件事故を起したものであり、よつて同被告は不法行為者として民法七〇九条により被害者重則の死亡による損害を賠償すべき責任がある。

三、被告岡田重光の責任

同被告は肩書地で堤電気商会という商号で自動車修理業を営むもの、被告加藤光義は被告岡田に雇傭されていたものである。被告岡田は訴外板橋自動車修理工場から訴外九州商事株式会社所有の本件自動車の電気関係の修理を依頼され、昭和四二年一二月二二日右修理を終えたので板橋自動車修理工場に本件自動車を届けるため被告加藤にこれを運転させていた途中に本件事故を惹起したものである。よつて被告岡田は自己のために本件自動車を運行の用に供した者として自動車損害賠償保障法三条により被害者重則の死亡による損害を賠償すべき責任がある。

四、損害

(一)  重則の得べかりし利益の喪失による損害

同人は大正一五年七月二九日生(事故時年令満四一年四カ月)の頑健な男性であつたから平均余命(三〇・一三年)の範囲内で向後少くとも二四年間は就労可能であつたところ、同人は事故当時左記収益を得ていた。

(1) 年間酪農所得(乳牛一〇頭)六三四、〇一〇円

(2) 年間農業所得 三五七、二〇〇円

(3) 年間総所得((1)+(2)) 九九一、二一〇円

(4) 年間生活費 一一四、〇八八円

(5) 年間純収益((3)-(4)) 八七七、一二二円

よつて向後二四年間の純収益につきホフマン式計算法(複式)によつて年五分の割合による中間利息を控除して事故時現在における一時払額を算定すると一三、五九五、一〇〇円(一〇〇円未満切捨)となる。

そして原告島添篤子(以下原告篤子という。他の原告も同様)は重則の妻として、原告茂樹、同智子、同元子はいずれも子として重則の有する権利を、相続によつて承継取得したから、重則の右損害賠償請求権のうち原告篤子はその三分の一にあたる四、五三一、七〇〇円の請求権を、その余の原告はそれぞれ九分の二にあたる三、〇二一、一三二円宛の請求権を取得した。

(二)  原告らの慰藉料

原告らは重則の死亡により一家の支柱を奪われ、その心の痛手は言語に尽しがたく断腸の思いである。ことに重則の遺妻である原告篤子は今後女の細腕で残された三人の子の養育と老母の扶養をしていかねばならずその前途の多難を思うとき精神上の苦痛もひとしお甚大なものがある。

よつて慰藉料として原告篤子に対し一五〇万円、その余の原告に対しそれぞれ一〇〇万円が相当である。

(三)  原告篤子の損害

次の葬儀法要請費用を支出した。

(1) 霊柩車代、葬具品等葬儀社への支払 二一、九五〇円

(2) 近親への死亡通知電報料 七七〇円

(3) 葬儀布施(雲瑞寺住職) 二一、〇〇〇円

(4) 葬儀布施(浄蓮寺住職) 五、〇〇〇円

(5) 火葬場使用料 八〇〇円

(6) 葬式接待用酒類代 一一、九九六円

(7) 会葬礼状印刷代等葬儀社への支払 六、三〇〇円

(8) 会葬者への礼状郵便料 一、二三〇円

(9) 初七日法要読経料(雲瑞寺住職) 五〇〇円

(10) 法事菓子代 九、〇〇〇円

(11) 法事接待酒代 四、三〇〇円

以上合計 八二、八四六円

五、原告らは本件事故による自賠責保険金三〇〇万円を受領し、そのうち原告篤子が一〇〇万円、その余の原告が各六六六、六六六円を分割取得した。

六、以上により被告ら各自に対し原告篤子は第四項(一)(二)(三)の合算額から前項の保険金取得額を控除した五、一一四、五四六円、その余の原告はそれぞれ第四項(一)(二)の合算額から前項の保険金取得額を控除した三、三五四、四六六円およびこれら金員に対する本件事故の翌日たる昭和四二年一二月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告らの答弁

一、請求原因第一項(事故発生)の事実は認める。

二、同第二項(被告加藤の過失責任)の事実は否認する。

三、同第三項(被告岡田の運行供用者責任)の事実中、「被告岡田が本件自動車を運行の用に供した者として自賠法三条による損害賠障責任を負う」との原告主張は否認するが、その余の事実は認める。同被告は訴外板橋自動車修理工場より本件自動車のダイナモ修理を委託され、その修理の間一時的にこれを預つた者にすぎないから、同被告は「自己の為に本件自動車を運行の用に供した者」とはいえない。

四、同第四項(損害)の事実は不知。

原告らは重則の得べかりし利益の喪失として年間酪農所得六三四、〇一〇円、年間農業所得三五七、二〇〇円、合計九九一、二一〇円を全額請求している。しかし原告らの家業である酪農及び農業は、従来重則とその妻が共同して経営してきたところ重則死亡後は妻と長男でこれを引継ぎ、乳牛の飼育頭数にしても田畑の耕作面積にしても全く同一状況にて生産を継続している。そして重則死亡の前後各一年間の酪農生産を比較してみると左記のとおりである。

〈省略〉

この数字から考えれば、重則死亡後は生産量、収入額とも約五〇%増収となつているので、重則死亡による損害はないようにもみえるが、重則死亡後は長男がこれに代つて生産に従事しているので必ずしもそうはいえないとしても、少くとも重則とその妻名義の所得は実際は島添家全体の所得であつて、重則存命中は重則とその妻の労働により、重則死亡後は妻と長男の労働によりもたらされてきたということである。そして島添家全体の所得の中で重則の労働の占めていた割合は明らかでないが酪農及び農業の常識から考えて、また重則死亡後逆に生産が増加している事実から考えて五〇パーセントとみるのが至当な線であろう。そうだとすれば重則の死亡によつて原告らが蒙つた損害は、その主張の九九一、二一〇が正当な数額としてもその半額の四九五、六五〇円ということになる。

また原告らは重則が酪農所得として年間六三四、〇一〇円を得ていたと主張するが、昭和四二年度の現実の酪農総収入は一、四九九、二四〇円にすぎず、これから飼料代、償却費その他の経費合計一頭当り一一四、七九九円として一〇頭で一、一四七、九九〇円を控除すると結局年間酪農所得は三五一、二五〇円となる。そして前記理由によりその半額の一七五、六二五円が酪農における現実の損害ということになる。

五、同第五項の事実中原告らが自賠責保険金三〇〇万円を受領したことは認めるが、その余は不知。

六、かりに被告岡田が本件自動車の保有者とみなされるとしても、本件事故は、訴外島添重則が忘年会で飲酒し正常な歩行すら困難な程度に酩酊していたにもかかわらず、暗い道路において無燈火の自転車に乗り相当な高速で道路中央線を越えて対向車の進路に進入し、本件自動車の先行車と危く衝突しそうになるや急反転し、ちようど先行車を追越にかかつた本件自動車の直前に右先行車の陰からとび出してきたために発生したものであつて、被害者に重大な過失こそあれ、被告加藤にはなんらの過失なく、本件自動車に構造上の欠陥または機能上の障害もなかつたのであるから被告岡田にも損害賠償義務はない。

七、かりに被告らに本件事故につき損害賠障責任があるとしても被害者重則にも極めて重大な過失があつたのであるから損害額について過失相殺されるべきである。

第四、証拠〔略〕

理由

一、請求原因第一項の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二、そこでまず本件事故が被告加藤の過失によつて惹き起されたものかどうかについて以下判断する。

本件事故当時の状況につき、〔証拠略〕を綜合すると、事故現場は幅約六米の直線舗装道路で、見透しはよいが、附近に照明設備なく、月も出ていなかつたこと、被告加藤は本件自動車(車幅二米)を運転して時速約四〇粁で野田武人運転の普通自動車に約六米の車間距離をとり、前照燈を下向きにして追従西進していたこと、本件事故現場附近にさしかかつたとき、突然道路右(北)側から野田運転の先行車の進路前方に被害者重則の乗つた無燈火自転車が対向して突つこんできたので、野田はとつさにハンドルを左にきるとともにブレーキをかけて減速しながら左に移行し、道路左脇の空地に車を入れたが、重則も、野田がハンドルを左にきるのと殆ど同時に道路中央線を約七〇米左に超えた地点で急反転して道路右側部分(中央線より北側、すなわち東進車の進路部分。以下同じ)へ戻りながら進行したこと、他方野田運転の車に追従しながら追越の機会をうかがつていた被告加藤は、たまたま同所が道路左脇に空地がある関係で追越に利用される地点であつたこともあつて、先行車の減速移行を後続車に追越をさせるための措置と誤信し、ただちに追越を開始して道路右側に進出し、先行車と並んだとき前方二、三米の至近距離に対向してくる重則の自転車を発見したがもはや避譲の措置をとる余裕なく、道路中央線より約一・五米右(北)寄りの地点(甲第二三号証の司法警察員作成にかかる実況見分調書添付見取図によつて認める。同図面は、事故直後重則の自転車のスリツプ痕にもとづいて測定作成したものであるから、衝突地点については乙第一号証の一、二の裁判所の検証調書およびその添付図面よりも正確と認めるべきである)で右自転車前部と自車前部中央附近とを正面衝突させたこと、被告加藤は、附近道路に照明設備も月あかりもなくしかも先行の野田運転自動車が後部荷台に幌を張つた警察の押送用自動車であり、これにわずか六米の車間距離で追従していた関係で、追越をはじめる前には暗いうえに先行車の幌にさまたげられて道路右前方を十分見透すことができず、先行車が左に移行をはじめ視野が開けだした途端に一〇〇米以上前方から対向してきた四輪自動車の前照燈の照射に眼を射られたが、それにかまわず自車前照燈を下向きにしたまま時速約五〇粁に加速して道路右側部分に連出し、同部分の真中辺すなわち自車を同部分に完全に進入させて重則の自転車と衝突していること、野田は遠くから右四輪自動車が対向してくるのをみて自車の速度を時速約四〇粁から約三五粁におとし、その直後重則の自転車を発見したので前記のとおりさらに減速し、右自転車発見後約五・六米(乙第一号証の二)ないし約七米(甲第二三号証)進行した地点で右衝突音をきいていること、したがつて野田が重則の自転車との衝突を避けるべく左へ移行をはじめてから右自転車と本件自動車との衝突までの時間的経過は計数上一秒前後、すなわち被告加藤が追越を決意してから衝突までは一瞬の出来事であつたことが認められ、以上の認定を動かすにたりる証拠はない。

そこでまず被告人が前記追越をはじめるにあたつて進路前方の安全を確認すべき注意義務を怠つたかどうかについて考察をすすめるに、暗夜、照明設備のない道路で、対向人車の進路である道路右側部分に進出して追越をはかるばあいには、あらかじめ道路中央線寄りに移行して前方道路右側部分を十分視野におさめることのできる地点に移動し、かつ前照燈を正射にきりかえて進路(道路右側部分)前方を注視し、その安全を確認したうえで追越を開始すべきであり、かりに対向車があつて、その交通を妨げるおそれがあるため前照燈を正射させることができないばあいは追越をはじめるべきではないのに、被告加藤は前記認定のとおり、先行車が左に移行をはじめるや否や、対向車の前照燈に幻惑され、また自車前照燈下向きのため前方の見透しがないにもかかわらずただちに加速して道路右側に進出し、一瞬の間に衝突事故を惹き起してしまつたものであるから、進路前方の安全確認を怠つたものといわなければならない。

つぎに、被告ら訴訟代理人は、本件事故は重則の自転車が追越をはじめた被告加藤運転の本件自動車の直前に、先行車の陰から、とびだしてきたために発生したものであるから同被告に過失責任を負わせることはできないと主張するので、被告加藤が追越をはじめるにあたり、かりに対向車の前照燈に幻惑されず、また道路中央寄りの地点から前照燈を正射させて前方を注視し、その安全を確認していたとしても、重則の自転車を発見することは不可能であつたかどうかについて考えるに、前記認定のとおり、被告加藤は野田運転の先行車が左に移行したのを見てこれを追い越そうとしたのであるが、重則の自転車も野田がハンドルを左にきるのと殆ど同時に急反転して道路右側部分に戻つた(右自転車は道路中央線をわずか約七〇糎超えたにすぎない)こと、甲第二三号証によれば重則の自転車は衝突地点までスリツプしているが、そのスリツプ痕は東西に約五米で道路中央線との角度はせまく、その西端は中央線から約一米北寄りの地点であることが認められ、これと野田運転の先行車が左に移行をはじめてから本件衝突までの時間等を考えあわせると被告加藤が追越をはじめる前に、前記のような安全確認の措置をとつていたならば、重則を道路(道路右側部分)前方に発見できたであろうことは明らかである。

してみると被告加藤は、先行車を追い越すに際し、反対方向からの交通に十分注意して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、前方の安全確認不十分のまま漫然加速して道路右側部分に進出し追越にかかつた過失により本件事故を惹き起したものといわなければならない。よつて同被告は不法行為者として民法七〇九条により、本件事故によつて生じた後記認定の損害を賠償すべき義務がある。

三、被告岡田が堤電気商会という商号で自動車修理業を営むもので、被告加藤が被告岡田に雇傭されていたものであること、被告岡田が訴外板橋自動車修理工場から訴外九州商事株式会社所有の本件自動車の電気関係の修理を請負い、本件事故当日右修理を終えたので板橋自動車修理工場に本件自動車を届けるべく被告加藤にこれを運転させていた途中で本件事故を起したものであることは当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告岡田は本件自動車の運行供用者として自賠法三条により本件事故によつて生じた後記認定の損害を賠償しなければならない。

四、よつて進んで本件事故による原告ら主張の損害について検討する。

(一)  重則の得べかりし利益の喪失による損害

〔証拠略〕を綜合すると、重則は後記家族(主として妻)に手伝つてもらいながら五七アールの田を耕作し、乳牛一〇頭を飼育して農業と酪農を営むかたわら家畜商もしていた、事故当時四一才(大正一五年七月二九日生)の健康な男性であつたこと、同人の居住する山門郡三橋町における昭和四二年度酪農標準所得は一頭当り六三、四〇一円であり、同人方酪農の家族労働量のうち少くとも六割は重則の労働が占めていたと認めるのが相当であるから、同人の事故当時の年間酪農所得は少くとも三八〇、四〇六円はあつたこと、同人の昭和四一年度の農業所得は三五七、二〇〇円(甲第六号証、なお家族の労働費については「専従者控除」がなされている)であつたこと、家族は妻篤子(三五才)、子茂樹(一七才)、智子(一三才)、元子(一一才)と母智元(六七才)の六人暮しであつたことが認められるところ、農林省農林経済局統計調査部発行の昭和四一年度農家経済調査報告(甲第七号証の一、二)によると、九州地方の経営規模五〇ないし一〇〇アールの農家の年間家計費総額は五六九、三〇〇円であり、同規模農家の年間月平均世帯員は四・九五であるから、一人当り年間生計費は一一五、〇一〇円(円未満切捨)となるが、重則は世帯主であり、その家族構成からしてその年間生活費を一二万円とし年間純利益を六一七、六〇六円と認めるのが相当である。そして厚生省発表の第一一回生命表によれば満四一才の男子の平均余命は三〇・一三年であるから、重則の場合、前記職種および健康状態等を考慮すればなお二四年間は就労して右程度の収入を得ることができたものと推認できるので、同人は本件事故によつて前記年間純収益を以後二四年間にわたつて失つたものというべく、これから年毎にホフマン式計算方法(複式)により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故発生の昭和四二年一二月二二日現在における一時払額を求めると九、五七二、七二二円(円未満切捨)となる。

(二)  原告篤子の損害

〔証拠略〕によれば、同原告は重則の本件事故死により、

1  近親への死亡通知電報料 七七〇円

2  葬儀布施(雲瑞寺、浄蓮寺各住職) 二六、〇〇〇円

3  火葬場使用料 八〇〇円

4  葬式接待用酒類代 一一、九九六円

5  会葬者への礼状郵便料 一、二三〇円

6  初七日法要読経料(雲瑞寺住職) 五〇〇円

7  法事菓子代 九、〇〇〇円

8  法事接待酒代 四、三〇〇円

以上合計 五四、五九六円

を支出し、同額の損害を蒙つたことが認められるが、原告ら主張の霊柩車代、葬具品等二一、九五〇円、会葬礼状印刷代等六、三〇〇円の葬儀社への支払については原告らの立証その他本件全証拠によつてもこれを認めるにたりない(右支払の主張に副う原告篤子の供述および甲第九、第一五号証は被告岡田の供述および乙第一二ないし第一五号証に照らすと措信できない)。

(三)  原告らの慰藉料

重則の年令、収入、家庭内における立場、遺族の生活能力等諸般の事情を考慮すると、慰藉料は、原告篤子に対し一五〇万円、その余の原告に対し各八〇万円が相当である。

五、つぎに被告らの過失相殺の主張について判断するに、〔証拠略〕によれば、重則は忘年会で飲酒しての帰途本件事故にあつたもので、当時正常な歩行が困難な程度に酩酊していたことが認められ、そのような状態で前記認定のとおり、暗夜の県道において無燈火の自転車を運転し、しかもいきなり道路中央線を越えて対向自動車(野田武人運転)の進路前方にとび出したために被告加藤の運転を誤らせることになつたのであるから、被害者重則にも重大な過失があつたというべきである。

この重則の過失と被告加藤の前記過失の割合はほぼ六対四と認められるから前記損害から生ずべき賠償請求権は各四〇パーセントにあたる左記金額と定めるのが相当である。

重則 三、八二九、〇八八円

原告篤子 六二一、八三八円

その余の原告 各三二〇、〇〇〇円

六、原告らは重則の相続人であるから、各自重則の右損害賠償請求権を相続分に応じて承継取得したので結局原告らの賠償請求権は、

(一)  原告篤子

相続分(妻として三分の一) 一、二七六、三六二円

国有分 六二一、八三八円

計 一、八九八、二〇〇円

(二)  その余の原告

相続分(子として九分の二) 各八五〇、九〇八円

国有分 各三二〇、〇〇〇円

計 一、一七〇、九〇八円

となるが(相続分については円未満切捨)、原告らが本件事故によつて自賠責保険金三〇〇万円を受領したことは当事者間に争いなく、そのうち原告篤子が一〇〇万円、その余の原告が各六六六、六六六円を分割取得したことは原告らの自認するところであるからこれらを差引くと残額は原告篤子が八九八、二〇〇円、その余の原告が各五〇四、二四二円となる。

七、したがつて被告らは各自原告篤子に対し賠償残額八九八、二〇〇円、その余の原告に対し賠償残額各五〇四、二四二円および右各金員に対する昭和四二年一二月二三日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

よつて原告らの本訴請求は右認定の限度において理由があるのでこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言および仮執行免脱宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 梶田英雄)

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